大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和33年(ワ)89号 判決

原告 斎藤拳三

被告 磯野喜夫

主文

被告は原告に対し、金二二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三三年五月六日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金一〇万円の担保を供するときは、仮りに執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣云を求め、その請求の原因及び被告の抗弁に対する答弁として、次のとおり述べた。

(一)  被告は、昭和三一年八月一四日訴外岡本芳明に対し、金額二二万五〇〇〇円、満期同年九月一九日、支払地振出地共八王子市、支払場所八王子信用金庫西部支店(支払地、振出地共「東京都」と記載してあり、振出人の肩書住所として「八王子市八木町十一番地」と記載してある。)なる約束手形を振り出し、原告は右訴外人から右手形を裏書によつて取得しその所持人となつたので、ここに振出人たる被告に対し、右手形金とこれに対する本件第一回の口頭弁論期日後たる昭和三三年五月六日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)  本件手形が融通手形として振り出されたものであることは知らない。

原告が本件手形の裏書譲渡を受けたのが支払拒絶証書作成期間経過後である、との被告の主張は否認する。原告は振出日に裏書を受けたのである。

被告代理人は、請求棄却の判決を求め、原告主張の請求原因事実は認める、と答え、抗弁として次のとおり述べた。

被告は訴外岡本芳明と懇意な間柄にあつて、右岡本の懇請によつて満期までに利用しないときは返還を受ける約定の下に、融通手形として振り出したのが本件手形であり、かように本件手形は融通手形であるから振出人たる被告は受取人たる右岡本に対し手形金支払の義務なきところ、原告は右訴外人から本件手形を支払拒絶証書作成期間経過後に同人に対する貸金の弁済を受けるため裏書取得したものであるから、被告は右岡本に対する支払義務なき旨の抗弁を、期限後裏書の被裏書人たる原告に対抗し得べく、よつて原告の本訴請求は失当である。

証拠として、原告は、甲第一、二号証を提出し、証人岡本芳明の証云を援用し、乙第一、二号証の成立は不知である、と述べ、被告代理人は、乙第一、二号証を提出し、証人岡本芳明の証云及び被告本人尋問の結果を援用し、甲第一号証は、その裏面の裏書日附の記載は否認するもその他は認める、甲第二号証の成立は認める、と述べた。

当裁判所は職権を以て原告本人を尋問した。

理由

被告が昭和三一年八月一四日訴外岡本芳明に対し、金額二二万五〇〇〇円その他の要件原告主張の如き本件約束手形を振り出し、原告が右訴外人から右手形を裏書取得してその所持人となつたことは当事者間に争がない。

そこで被告の抗弁につき判断する。いわゆる融通手形(約束手形)の振出人は、被融通者に対しては一般にそのことを理由に手形債権の支払を拒否し得るのは当然であるが、融通手形は被融通者にその手形を利用することによつて、金銭を得させ、もしくは得たと同一の効果を受けさせようとするものに外ならないのであるから、その手形が利用されて被融通者以外の第三者が取得した場合においては、振出人はすなわち融通手形を振り出した所期の目的を達したわけであり、右第三者が手形の性質を知つていたかどうかによつて、それは少しも差異はないのであるから、振出人はその手形の所持人である第三者に対しては、その者が融通手形であることを知つてこれを取得したと否とにかかわらず、手形債務の支払を拒絶し得ないものというべきであつて、すなわち融通手形の振出人の第三者に対する支払義務は融通手形というものの性質から来るのであり、振出人の被融通者に対する支払義務なき旨の抗弁は、被融通者に対してのみ主張し得べく、所持人たる第三者に対してはその善意、悪意を問わず本来の性質上主張し得ないことなのであり、いわゆる一般の人的抗弁なるものが、前者に対する抗弁をそのまま悪意の取得者には対抗できるが、善意の取得者には対抗できぬというのと趣を異にし、対被融通者の関係と対第三者の関係とはいわば別個独立の関係であるというべきである。従つて融通手形の利用(裏書)が支払拒絶証書作成期間経過後になされたという一事によつて、振出人は被融通者に対して主張し得べき支払義務なき旨の抗弁を、そのまま所持人たる第三者に対して主張し得ると考えるのは、右抗弁が普通の人的抗弁と性質を異にすることを無視した誤つた見解というの外はない。しかし、被告主張の如く、本件手形が満期までに利用しないときは返還を受ける約定の下に、振り出された融通手形であるなら、換云すれば、いおば満期までの融通手形でその後は被告に返還さるべき手形であるなら、被告は期限後裏書による取得者に対して、そのことを以て、すなわち融通手形性を喪失し、訴外岡本から被告に返還さるべき手形としてこの故に被告に支払義務なきことを以て、対抗し得るものというべく(大審院大正一二年二月二六日云渡判決は、被融通者たる受取人が満期に至るもこれを利用せず、その後振出人が受取人に手形の返還を求め受取人はこれを承諾しながらその後(支払拒絶証書作成期間経過後)手形を裏書譲渡したという場合につき、――融通手形であることに基く支払義務なき旨の抗弁を被裏書人に対抗し得るとは判定せずして、――「裏書当時受取人ハ振出人ニ手形ヲ返還スベキ義務ヲ負ヒ振出人ニ対シテ手形所有者トシテ手形上ノ債権ヲ主張スルヲ得ザル関係ニ在リタルモノナレバ振出人ハ此ノ事由ヲ以テ受取人ニ対シ手形金ノ支払ヲ拒絶シ得ベキガ故ニ被裏書人ニ対シテモソノ善意ナルト悪意ナルトヲ問ハズ此ノ事由ヲ以テ支払ヲ拒絶シ得ベキ」旨を判示している。なお、この判決は、融通手形なるものは一般に満期までに利用しないときは返還すべきものであるということをまで前提判示していると解すべきではなく、返還の承諾に返還義務の根拠を求めたものと解せられる。)、被告の抗弁も、趣旨とするところは右の如くであると解せられる。

そこでまず本件手形が被告主張の如き約定で振り出された融通手形で、満期後は被告に返還さるべきものであつたかどうかについて検討するに、それが融通手形として振り出されたものであることは、証人岡本芳明の証云と被告本人尋問の結果によつて明確に認められるが、右約定の存在については、これを確認し得べき採用に値する証拠がないので被告の抗弁はその他の判断をなすまでもなく失当として排斥を免れない。仮りに、被告本人の供述する如く、昭和三一年一二月頃訴外岡本芳明に対し本件手形を含め、同訴外人に振り出してある手形全部の返還を求めたところ、右岡本は破いてしまつた、といつて返さなかつたというのが真実であるとすれば、この事実から本件手形が満期後(それまでに利用されていなければ、)返還の約で振り出されていたものと推断できないでもないので、以下本件においてかかる約定が存していたものとして判断しておく。

そこで本件手形の裏書譲渡の時期について検討する。

甲第一号証の裏面の裏書日附の記載はその真正の成立を確認すべき証拠がないから、これによつて裏書の日時を推認するに由なく、また本件裏書は、右甲第一号証の裏書らんの記載によつて認められる如く、その成立はともあれ現実に日附の記載ある裏書であるから、手形法第七七条第一項第一号の準用する同法第二〇条第二項の推定をする余地はない。ところで本件訴訟の経過に徴して明かな如く、原告が本件の支払命令申立書に添附して提出した本件手形の写には裏書日附らんは空白となつているが(右申立書が提出されたのは、同申立書の受附印によれば昭和三三年二月二五日である。)、昭和三四年一〇月一六日の本件最終の口頭弁論期日に提出された甲第一号証(本件手形)の裏書らんには、裏書の日附が昭和31年8月14日と記入されている事実、支払命令申立書には、満期(昭和三一年九月一九日)に本件手形を支払場所に呈示して支払を求めたが拒絶された旨記載しているが、支払命令に対する異議申立の後原告の提出した準備書面には、右支払呈示の時期は昭和三一年九月二三日である旨記載してある事実(なお、昭和三三年五月二日の本件第一回口頭弁論期日において、原告は、右準備書面記載の支払呈示の主張はしない旨訂正したが、これは、原告の右準備書面記載の支払呈示を以ては、同書面記載の請求の損害金(利息)の起算日(昭和三一年九月二〇日以降の損害金の支払を求める、としている。)が理由ずけられぬことかちする釈明に対してなされた訂正主張であることは、当裁判所に顕著なことである。)、甲第一号証には、支払拒絶の旨を記載した符箋がついておらず、被告本人尋問の結果によつて成立の認められる乙第一号証によつて明かな如く、昭和三一年九月二一日現在本件手形の支払場所に本件手形金支払に十分な被告の預金があつたのであり(従つて同日支払呈示があれば支払われた筈である。)、そしてまた同月二三日が日曜日であることは明白である事実、原告本人がその尋問において支払呈示の点について供述するところはきわめてあいまいで、結局九月二三日にも呈示せず、支払呈示をしたのは満期から四、五日後であつた旨供述している事実を比較対照して考えると、甲第一号証の裏書の日附は原告が本件支払命令申立後に記入したものであり、また、支払場所における呈示はついになされなかつたか、少くとも満期後数日間はなされなかつたというのが真相であると認められるのであつて、これらの事実からすれば、原告が本件手形の支払拒絶証書作成期間内はこれを所持しておらず、右期間経過後これを取得したのではないかを疑う余地は多分に存するのであるが、本件においては以上の事実のみから右の如く推断することはできないと考える。すなわち、融通手形の振出を受けた以上相当期間内にこれを利用するのが通例であつて満期後までこれを握つているということは異例である事実、証人岡本芳明の証云、原、被告各本人尋問の結果(被告本人の尋問の結果のうち後記不採用部分を除く。)を綜合して看取し得る、原告は金融業者で本件手形前に訴外岡本芳明は被告振出の手形を原告に割り引いて貰つたことが何度かありその手形は支払がなされていて、右岡本は被告振出手形による原告の顧客とでもいうべき状態にあつた事実、成立に争なき甲第二号証の手形は手形金額において本件手形と端数額たる五〇〇〇円の差があるけれども、前者の振出日は本件手形の満期と一致している事実、原告が甲第二号証の手形について従来その請求をしたことはこれを認むべき証拠なく、右手形を所持しているだけの状態にあるものと認められる事実を考慮に入れれば、証人岡本芳明、原告本人のそれぞれ証云、供述する如く、原告は訴外岡本芳明から本件手形を満期前に割引によつて取得したのであるが、満期に右岡本が金額二二万円の右甲第二号証の手形を持参して延期を求めたので、手形金額を本件手形と同一にしたもの及び延期による利息を持参するようにといつたところ、右岡本はそのことを承諾して帰つたまま原告の許に来ないため、その間呈示期間を経過してしまつたもの(原告本人の供述する如く後日呈示がなされたか、呈示はついになされなかつたというのが真相であるかはしばらくおく。)と認めるのが相当である。証人岡本芳明の証云によつて成立を認める乙第二号証の記載は同証人の証云に照し右認定を覆す力なきものというべく、また被告本人は右甲第二号証の手形は本件手形と関係なき別個の融通手形である旨供述するが、にわかに信用できず、仮りに、被告としてはその積りで振り出したものとすれば、それは、訴外岡本が――本件手形は割り引いていないからとて――改めて融通手形の振出を求めたのでそれを信じて振り出してやつたものとでも推断するのが前掲請証拠に照して相当であり、また本件手形と甲第二号証の手形が手形金額に端数額の差があるのは訴外岡本の過誤に出たものと見るのが相当であることも同様である。その他当裁判所の措信し難い被告本人の供述部分を除き、右認定を動かし、原告が本件手形を取得した時期が支払拒絶証書作成期間経過後であることを認めしめる資料は存しない。要するに、原告が後日裏書日として記入した昭和三一年八月一四日に本件手形を取得したと認むべきや否やはしばらくおき、少くとも拒絶証書作成期間経過前には原告はこれを取得していたものと認められる。以上の如くであるから、原告が右期間経過後に本件手形を取得したことを前提とする被告の抗弁は排斥を免れない。

よつて、被告に対し本件手形金二二万五〇〇〇円及びこれに対する本件第一回口頭弁論期日後なる昭和三三年五月六日以降完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当として認容すべく、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 古原勇雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例